【サクッと小話】プライドの末路

あなたの周りにいませんか?或いはあなたがそうではないですか?

プライドがもたらす悲劇は、あなたを慕う人が負うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プライドの末路

 

 

 

 

 

 

 

 プライドの高い人間は、えてして傷付きやすく心が脆い。・・・だからこそプライドと言う殻で自分を守っているのだろうが。

 当人はそれで良いだろう。そんな自分が好きで生きているのだから。

 しかし困るのは…周りの人間である。

 

「木幡(こわた)、準備はどうだ?」

「…万全だよ、孝(たか)ちゃん」

 

 僕の幼なじみにして親友である南城孝仁(なんじょうたかひと)は、生まれてこの方恐らく他人を尊重したことがない。常に人に気を遣うよう心構けてはいるし優しい面がある事は確かなのだが、いかんせん自己中心的かつデリカシーが皆無であるために親友である僕はえらく苦労してきた。

 一応一社会人である彼も人付合いのため色々と我慢し、自分を改善しようとしているのだが中々うまくいかない。それもそうだ、彼には自覚がないのだから。

 「プライドが高い」ということを誇りに思っているようで自身の揺るぎない個性であり最大の長所として掲げており、更に他の欠陥点には全く関心がない。そのためうまくいかない自分改造計画と日常生活のストレスの分、僕という何の遠慮もいらない人間の前で彼の性格が爆発する。だから僕は早く彼に会社を辞めてほしい。

 

 僕からしてみれば、大体彼が考えていることが分かるからだ。次に何を言おうとしているとか、そういうのもう全部分かるんだ。単純だから。

 

「いいか、次の車が来たらだぞ」

「…ねぇマジでやんの?」

「お前今更そんなこというのかふざけんなよ!」

「あ~ごめんごめん…でもこれヘタしたら僕も…」

「だっから!あんだけ大丈夫だっつってんのにまた同じ説明させる気か?」

「はいはい…」

 

 しかし孝ちゃんは、僕の予想を遥かに越えたことを思い付いた。

 彼は今日、「死ぬ」。

 

「来たっ!」

「わわわわほんとに来たよ…」

「木幡しっかり行けよ」

「無理!無理だよやっぱりこんなこと…」

「いいから…行け!!」

「・・・!」

 

 理屈はこうだ。

 凡人ならぬ感性の持ち主である(らしい)彼は、先日仕事先で取り返しの付かないミスを犯した。金輪際出社しなくていいと上司から切り捨てられ、正式にリストラされるのも時間の問題だった。僕としては彼が誰かの下で会社のために働くなんてこと自体想像出来かねる事態だったので、よく頑張った方だと思う。ただそう思えるには僕並みに長い間彼と一緒に居なくてはならなくなり、無論会社が一人の人間にそんなに固執するわけがない。彼は3年半のサラリーマン生活の中でそれなりの功績をあげてきたらしいが、そんなものも今となっては塵同然のものである。

 

「わああ!!死ぬ…!」

 

 そこで彼が行き着いた結論は、『俺が居るべきはこんな世界ではない』だった。普通そんなことを思いつくなんて異常者かそこら辺のものだと思うが、彼は真剣にそう思っていた。しかしそれは裏を返せば、『この世界には俺は必要じゃない』ということになる。 なんだ言い方が少々歪んでいるだけで、孝ちゃんも一介の人間だったんだと思った。そんなこと生きてりゃ誰もが一度は感じる疎外感だ。

 

 ところが彼の一介の人間じゃないところはそれを実行するところだった。親友であるはずの、僕を巻き添えにして。

 

 プライドの高い人間はえてして、美学やポリシーと言ったものを人並み以上に持っている。そしてそれが自分なのだと、訳の判らない理屈を並べてはそんな自分に陶酔する。

 そのことは勿論例外もなく彼に当て嵌まった。そして厄介なことに彼は、『死』に対する強い美学を持っていた。

 

「俺は特別な人間だ」という、誰もがひそかにそうじゃないかと思っていることを彼は平気で口にする。当然のように口にする。そうして彼は続けるのだ。

 

『だから周りと同じ死に方は似合わないんだよな。それに生は色々うるさいけど、死は何も干渉しないだろ?死ぬ寸前まで生はうるさい。だったら俺は最初から、自分で死に方を決める。カッコイイ死に方をな』

『ふぅん…』

『それは人を助けて死ぬことだ。人間に生まれた以上最後まで人と関わって死にたいのが人間の本音だろ?』

 

 彼は得意げに自分にしか判らない理屈を語る。そんなことももう慣れた。

 

『だから俺はお前を助けて死ぬ』

『…は?』

『お前、だから車来たら飛び出せ』

『…なんだって?』

 

 これが最後の願いだから、そんなこと言われても些かぶっ飛びすぎてはないか。

 僕は勿論拒否した。こんな誘いを本気で拒否するのも笑い話だが、彼に限っては笑えなくなる。彼はやはり本気だった。

 それでも僕は拒否した。『僕まで死んだらどうしてくれるの』強くそう訴えると、孝ちゃんは笑顔で言った。

 

『何言ってんだよお前、俺が守ってやるに決まってんだろ、安心しろよ』

 

 耳をつんざくようなブレーキ音と共に、クラクションが鳴り響く。

 

 パァーーッ・・・

 

「木幡ー!!」

 

 孝ちゃん、君は変わっているからね。僕に聞かなかったけれど。普通は聞くんだよ。

 

『何で俺の死を止めないんだ?』

『何でこんな馬鹿げた芝居を承諾したんだ?本当に死ぬかもしれないのに』

 

 ってね。

 君が聞いてくれないから僕が僕に聞くよ。

 

『なんで?』

 

 1つは、僕と君が幼なじみだからさ。

 幼なじみというものはね、相手がどんな馬鹿でも放っておけないんだよ。

 もう1つは、僕が。

 

「た…かちゃ…ん?」

 

 (今の音何!?)

 (救急車を!救急車を呼んでくれ!!!)

 (人が!人が轢かれてる!)

 (何人だ!?)

 (一人よ!)

 

「…ひと……り?」

 

 一人とは…?

 誰のことだ…?

 

 (はい!今すぐ来て下さい、人が轢かれました!)

 (20代前半くらいの男性です!顔は車に隠れて見えないですけど…ジーパンにまで血が!)

 

 ジーパン……僕だ。

 

 孝ちゃんは今日黒のパンツを穿いていた。

 あれ?

 じゃあ、孝ちゃんは?

 

「孝…ちゃ…」

 

 周りの音が遠い。なんだこれ、寒くてしかたない。

 

 孝ちゃん?

 

「ど……こ」

 

 まさか逃げた?僕を…僕を残して?

 いや、そんなはずない。孝ちゃんはそんな人間じゃない。

 

 どういうことだ…?

 

 ピーポー、ピーポー、

 近頃聞き慣れた救急車の音がすぐ側まで来た。

 僕は救急隊員の人と数度質疑応答をしてから、車の下からずるずると体を引きずりだされ、数人の男性に担架に乗せられる。

 

「たか…ちゃ」

 

 待って。

 どこかに孝ちゃんがいるはずなんだ。

 孝ちゃんは。

 僕を守ってくれると言ったんだ。

 野次馬をかきわけ、担架が救急車の中へ運ばれていく。薄れゆく視界と意識の狭間、僕は孝ちゃんのことを必死に伝えようとしたのだが、もう声など、出ない。

 

 そうして扉が閉まる、その時だった。

 

「・・・!」

 

 日常のちょっとした刺激に食らいつく群集の、向こう。

 少し離れた、電信柱。

 僕らが先程身を隠していた場所だった。

 

 そこで倒れていたのは紛れも無い孝ちゃん。僕の親友。幼なじみ。喧嘩する時はいつだって自分が原因なのに絶対謝らなかった孝ちゃん。自分が間違ってることを決して認めない孝ちゃん。人の話をすぐ自分の話に持っていく孝ちゃん。自分のセンスの良さを他人に判ってほしくて仕方ない孝ちゃん。自分の予定を最優先する孝ちゃん。その癖他人に常識を求める孝ちゃん。自分が一番面白いと思っている孝ちゃん。自分の欠点はたいしたことないと思ってる孝ちゃん。決して人を褒めない孝ちゃん。孝ちゃん。孝ちゃん。

 

 そんな彼は、電柱に頭をぶつけて、死んでいた。

 

 原因は唯一つ。『不注意』の他にない。

 彼のプライドのその先に待っていたのは、こんなにも呆気なく格好悪い死だったのだ。

 

「―――はは」

 

 容体がだいぶ良くなった頃、僕はお線香をあげにいった。お通夜や葬式には出られなかった。ずっと意識を失っていたから。

 小さな箱に収まってしまった孝ちゃんを見詰めると、どうしても笑いを堪えられなかった。孝ちゃんの家族が口をぽかんとあけているがしったこっちゃない。なにやってんだよ孝ちゃん。

 

「あはは、あはははは!」

 

 知らない間に涙も鼻水も出て来ていて、僕は信じられない程不細工な顔で笑いこけた。

 なにやってんだよ。一体なにやってんだよ孝ちゃん。あんなに格好付けてたくせに。あんなに自分を誇りに思っていたのに。

 

「ははははは!ははははは!」

 

 ねぇ君、今何を考えてるの?死んだ人間はもう何も言えないんだよ。生憎僕は一切の霊感を持ち合わせていないからね、生前の時のように君の必死の言い訳を聞くことも出来ないんだ。

呆気ない。呆気なさすぎるよ、まるで一瞬にして君はこの世から居なくなってしまった。

勘弁してくれよ。僕を守るどころか君、自分の命もまともに扱えてないじゃないか。

 

「孝ちゃん、もう君って人はどこまで変わってるんだよ」

 

 涙が服の中にまで垂れ流れて来た。でも僕は拭わない。大切な君のための涙だからね。

 

「どうなるんだよ、僕は」

 

 僕はね、実は良かったんだよ。

 計画が失敗して僕の命に関わるようなことになっても、良かったんだよ。

 君が望むのなら君の死だって叶えたかったんだよ。

 なんでって?愛しているからさ。外ならぬ欠陥だらけの君を、愛しているからさ。

 君がもし此処に居たら、こう言うだろうね。『最後くらい笑いを取っても良いと思ったんだよ』絶対こういう。絶対。

 しかしだからなんだと言う?彼の言葉を予想してどうなる?もう居ない、もう此処には居ない。

 なんにせよ「死ぬ」という彼の願いは叶った。それが僕にとっての一番の喜びだと言うのに、何故この涙は止まらない?

 ねぇ孝ちゃん、僕君の『守ってやるに決まってる』って言葉にたまらなく胸が震えたんだけどそれってどう思う? やっぱ引く?

 ねぇ孝ちゃん、君が僕を選んだことに僕は特別な意味を感じてるんだけど本当のとこはどうなの?

 ねぇ孝ちゃん、君、僕が君を愛していると言ったのなら、死ぬことなんてやめてくれた?

 

 ねぇ、孝ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Back to Top ↑