【第1話】僕を救ってくれたのは最強おじいちゃんだった。

【あらすじ】

”この命が尽きるまで”。
超人的な力を持つ最強お爺ちゃんが、俗世にこだまする悲鳴を救いあげる現代ファンタジー小説。
第1話では同級生からの中傷を受ける日々を送る中学生が主人公。

 

 

 

 

 

 

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――夜の悪事は全部見られてるらしいよ
――誰に?
――めちゃめちゃ強いお爺ちゃん。

 

 

 

 

僕を救ってくれたのは最強おじいちゃんだった。

 

 

 

 

 

 















 ・・・タイムライン上で騒がれている最強お爺ちゃん伝説は、拡散が広がる程に虚実入り乱れもはやネタ状態。
 なんでも発端は、とある自殺願望を持つ女性ユーザーが一緒に死んでくれると名乗りを上げた男と実際に会ったものの、やはり死ぬのが怖くなり帰ろうとしたのだが相手の男が腕を離さなかったらしい。男の自宅に連れ込まれそうになった時、なんと空から人間が降ってきて、驚いている間に男を一発で気絶させた。そして渋い声で「はやく逃げろ」と女性の背中を押したそうだ。暗くて全容は掴めなかったが、電灯に反射していた禿げ頭と、白く長い髪、同じ色の髭を蓄えていたことだけは脳裏に焼き付いている、と語っている。
 2万いいねを記録したその投稿だが、コメント欄に溢れていたネットスラングはやはり「嘘松」。
 僕もバカバカしくて無視していたのだが、その後一週間以内に同様の投稿が何件も発信された。DVに悩む女性、育児放棄を受けていた子供、強盗に遭遇したコンビニ店員。皆正体不明のお爺ちゃんに助けられたと荒々しく語る。
 こうして夜な夜な現れる最強お爺ちゃん伝説が真実味を帯び、最近のトレンドランキングを独占している。


 それでも僕は、いいねを押す気にはなれない。




「今日も気持ち悪いな、どうやったらそんな気持ち悪くなれんの?」
「ぷっ、それ答えられてたらそもそもキモくねーだろ!」

 僕の席の後ろから聴こえてくる声。
 不思議と自分の悪口はとても鮮明に耳に届く。

「教科書しか友達いねーのに全然頭も良くないとか終わってるよな」
「こないだの聞いた?女子があそこらへん集まったときあいつの椅子だけ座られねーんだぜ。わざと立ってないで座ったら?って言ったらキモくて無理だってよ」
「ぎゃはは!」

 このような誹謗中傷の矛先が自分に向けられていると気付いたのは中学に入学してからしばらく経ってからだった。バカだから自分の事を言われているんだって気付かなかったんだ。
 僕は何もしていない。傷つけた覚えもない人たちが何故?何かしてしまった?と悩んだものだが、どうやらそうではないらしい。


 僕は何もしなくても、その場にいるだけで「生理的に無理」なんだそうだ。



(そうだ・・・今日は新作上がるって言ってたな、家帰ったら早く宿題しないと)


 殴られたり蹴られたり持ち物を悪戯されたりする訳じゃない。
 証拠の残らない、目に見えない言葉による攻撃は、「人によって受け取り方は違うから」「気にするな」「言い返せばいいんだよ」という大人たちの格好の言い訳を作ってしまう。


(もしかしたら配信やるかも・・・楽しみだな)


 誰も助けてくれないことを知った僕の楽しみは、2つ。





『こんばんは。歌います』
「きた…!」

 アマチュアミュージシャン専門のライブ配信サイトで知った「ケサミ」と言う歌手だ。
「ストリートミュージックを全国へ」とのサイトの触れ込みもあり、ほとんどのバンドやミュージシャンが顔出しでライブ演奏を配信する中、彼だけは一切素性を見せず、配信中画面は真っ暗のままだ。にも関わらず1万人以上のフォロワーを獲得している彼の魅力は、雑談を一切しないミステリアスな人物像よりも何よりも、人間離れした「声」だった。

「……すげぇ……」

 人間よりも機械のそれに近い、しかし渋く、深く、耳に残る声。加工疑惑は未だにあるが、僕はそうは思えない。少年のように澄み、青年のように凛々しく、老人のようにしゃがれた、例えるならばあらゆる年代の声帯を繋ぎ合わせたような、人間味を感じさせる唯一無二の歌声だ。

 ケサミ作った歌は、相変わらず意味が分からなかった。石を食べた時に見た夢とか、細胞の呼吸音がどうだとか、世界観が独特すぎて理解するのは難しい。それでも中毒性のあるメロディーと歌声に自然と目を閉じてしまう。
 僕はそんなケサミの曲を聴きながら、深い世界にどぷりと体を浸からせながら、タイピングに勤しむ。
 これが僕の、もう1つの楽しみ。

【濃いメンツで集まり~!さすがに酒は飲めねーからコーラで乾杯!】
ーーー気持ち悪。濃いメンツってなんだよバカしかいねーじゃん。カメラ写ってないとこに酒あんのバレバレ。ビビリの集まり。通報しました。

【今日はアイラと3ヶ月記念~金ねーし中学生だしなんもできないからとりあえずずっと一緒にいるw】
ーーーキモいんだよいちいち投稿すんな。よくそんなブスと3ヶ月も付き合えたな、ブス同士お似合いで良かったね

【ずっと気になってたパンケーキやっと食べられた!イチゴやば♡】
ーーーキモすぎしね。パンケーキよりお前の顔の方がメインじゃねーかブス。

 口元が緩む。
 ふふふ、笑い声を堪えきれない。
 普段なら絶対言えないようなことが。思いつきもしないようなことが。匿名の力で溢れ出てくる。悪口の文才に酔いしれることができる。自由だと思った。人を誹謗するような奴らがどんなことを言われても自業自得だし、当然の報いだ。むしろ、これで言われた側の痛みを知って更生したならとてもいいことじゃないか。

『・・・ありがとうございました。今日はもう1曲・・・いや』

 僕は死のうと思っていた。
 何もしなくても嫌われてしまうのなら、性格とか人格とかもう関係ないじゃないか。
 人は内面だと言うけれど外面が基準値を満たしてなければ内面さえ見てもらえない。こんなの無理ゲーだ。詰んでる。詰みきってる。こんな人生もう止めてしまいたかった。

『・・・・・・』

 それでもこの2つの楽しみのおかげで何とか生きていけている。明日になればどうせまた学校で好き勝手言われるんだろう。誹謗に慣れることは永遠にないだろうけれど、お金もなければ親にも言えるわけもないし今の僕にはどうしようもない。こうやってずるずるぐだぐだ生きていくしか、今のところ答えが見つからなかった。
 今日はまだ時間もある。あいつらの後ろで笑ってた奴にも攻撃しとくか。そんな気持ちで名前を検索しようとしたとき、ポン、とダイレクトメッセージを受信するアイコンが現れた。

(ん?)

  友達なんていない。出会い系か?メッセージを確認する。

【お前、バレてねーとでも思ってんのか?】

 ばくん。
 心臓が弾かれた。
 ポン。
 続けてメッセージが受信される。

【今から30分以内に○○川まで来いよ。橋の下。来なかったらこっちから行くから】

 ポン。
 そして添付されていたのは僕の家のグーグルマップだった。

『やめときます。また今度』

 大好きなケサミの声はもう届かなかった。手の震えが増していくのが分かった。
 それから河川敷に到着するまでの間の記憶が、全くない。



 






***********************








「よぉ~っす!さっきぶり!」
「痛いっ!!」


 僕を待ち構えていたのは10人近くの生徒だった。皆制服で、SNSで見たことがある顔ばかりだ。

「オレビビリだからさぁ~、いっぱい仲間呼んじゃった」

 満月の光に照らされ不気味に揺らめく水面の縁に追いやられる。僕は叫んだと思う。それでも助けが来る気配はなかった。近くに家はたくさんあるのに。

「おい動画の準備した?クラスのグループに流そうぜ」
「お前があんなことまで言わなきゃ俺たちも手出すことまでしなかったのにな、ホンッット馬鹿だな。こんな限定的な人間だけ叩く奴なんかお前しかいねーんだよ。しかもアイコンお前のリュックについてるダセーやつだろ?あ~マヌケだね~~!」

 やっぱりそうなんだ。
 誰も助けてくれないんだ。
 僕は今日死ぬ。こんな、こんな奴らに殺されてしまう。

「まず寒中水泳させようぜ」
「この川浅ぇしとりあえずまだ死なねぇだろ」
「まだって言った!まだって言ったよこいつ!」
「あははは!やべーな、みんな酔ってるからマジでやっちまうよこれ!」

 悪魔の集団が、川辺の石を踏み転がしながら、僕ににじり寄ってくる。
 にやにやと楽しそうだった。人は、人を傷つけることで、こんなに笑顔になれるのか?

(嫌だ。僕は、僕は・・・!)


「嫌だ!!誰か助けて!!!」


 喉の粘膜が引き裂かれるくらいの大声を絞り出したら、背中にバシャリと水を浴びた。
 
(水・・・?)

 冷たい感覚が先に来て、背後で盛大に水しぶきが上がっていることに気付かなかった。視界が水の粒でいっぱいになる。急に土砂降りの雨?もう何も見えない。息を止めないと水が鼻から入り込んでくるので、咄嗟に顔を両手で塞いで滝のような降水が収まるのを待った。一体何が起きているんだ。長く感じた一瞬の出来事が静まる頃には、僕は全身びしょ濡れになっていた。

「なっ・・・!?」

 僕より先に奴らの方が声を出していた。顔の水気を取り払い目を開いて、そこで初めて僕を囲む奴らが全員同じ顔をしてこちらを凝視していたことに気付く。
 意味が分からず呆然と立ち尽くしたのはほんの僅かな時間で、僕は背中から伝わる強烈な存在感に震え反射的に振り返った。川しかないはずの、風景を。

「・・・!!」

 靴を半分沈ませて、真っ暗な川の中で仁王立ちしていた、その人は。

「お・・・『お爺ちゃん伝説』・・・!」

 考えるより先にその言葉が口から出ていた。
 満月の潤んだ光に照らされる禿げ頭、両側から生えている長い白髪。誰がどう見ても老人なのに、首から下は凜々しい体つきで、その両手は怒りを堪えるように拳を震わせている。煙を放つ程のオーラを纏わせ水が滴るその様は、辛く苦しい試練に挑む修行僧のようだった。

「いやいやねーだろ・・・」
「つか今上から飛んでこなかったか?」
「ありえねーって!」
「どーせお前のキモイ友達だろ?」
「一緒に晒してやろーぜ」

 一言も発さないお爺ちゃんに痺れを切らしたのか、奴らは金属バットやバールを握り直した。

「ちょ、ちょっと待って・・・!」
「黙れゴラァ!オメーのせいでシラケんだよ!」

 鬼のような形相で奴らが一斉に襲いかかってくる。僕が死を覚悟した瞬間、鋭い風が右の頬を過ぎった。ここから僕は瞬きを忘れることとなる。
 現状を把握出来ないままあちこちで悲鳴が上がりだした。視界の端で数人倒れている。老人の残像が踊るように揺らめくと、次々と奴らが地面に倒れ込んでゆく。

「があぁっ!」
「ぐぅっ!」
「うああ!」

 肉眼で捉えきれない。音は遅れて耳に届いてきた。棒のように立ちすくむ僕を中心に、映画ですら見たことがないアクションシーンが繰り広げられている。目前に立っているのはあと一人。あぁ、もう一人倒れた。くそがぁ、主格のあいつがバットをついに振りかぶった。その間に一人の体が沈んでゆく。ついに最後の一人になった。振り下ろされようとする凶器に老人はほんの一瞬動きを止めたが、すぐに長い白髪をなびかせ、柔らかいようで鋭く舞い、一気に相手の懐まで潜り込むと、次の瞬間にはもう、あいつは頭を垂らし膝をつき老人に体を支えられていた。握られていたバットが、するり、するりとその手から滑り落ちる。

 カランッ、カラ、コロ・・・。

「・・・」

 十人もの人間を一瞬にして戦闘不能にさせたその老人は、手で支えていた奴を優しく寝かせてから、満月をバックにこちらを振り返る。
 僕は反射的に頭を下げた。

「ありがとう・・・ありがとうございました!!」

 信じられない。夢を見ているのかと思った。でもそれでも、それでも確かに、僕は助かったんだ。

「僕、ほんとに死ぬかと・・・夜の悪事は見られているって噂、本当だったんですね」

 頭を上げて安堵の笑顔を浮かべたが、目の前の老人はひたと僕を見据えていた。この距離で見て初めて『おじいちゃん伝説』の正体を目に移すことができたのに、僕の口は動かなかった。
 老人は、僕という人間の本質を見通すように、ただただ僕を見据えていた。

「・・・す・・・すみませんでした」

 僕はその眼光に圧され、懺悔の言葉を口にする。

「僕、本当はあなたのような人に助けてもらえる資格なんかないんです・・・この人たちにここに呼び出されたのは、僕が・・・その、悪口を書いたからなんです。さっきのことです。あ、いや、あの、書いてるのは結構前からです・・・クラスで中傷される腹いせに、SNSに匿名で攻撃してました・・・。はじめはおどおどしながらやってたけど、たまにもっとやれとか、面白いって周りの反応があって、すごい楽しくなって・・・」

 言葉に詰まりちらと老人の様子を窺うと、老人の足が動き出そうとしていた。
 僕も成敗される。そう覚悟してきつく目を結んだのだが、ジャリ、と石を転がす音がしてから何も起こらなかった。恐る恐る目を開くと、老人がこちらに背中を向けていた。

「早く帰れ」

 去ろうしている老人の声が、心にじんわりと沈んだ。渋くて、深くて、けど澄んでいて、それは清濁併せ呑むような、誰とも似ていない、唯一無二のーーー

「・・・ケサミ?」

 ピタ。
 老人の足が止まった。

「ケサミだよね?」
「・・・」
「やっぱりそうだ、その声」
「ちゃう」

 老人のような人が勢いよく振り返る。到底年老いているようには見えない機敏さで。

「ちゃうわ。誰やねんそれ」
「えっ、関西弁・・・」
「知らん」
「知らんって、ついさっきまで聴いてた声だもん間違えるはずないよ」
「そんなん知らんわ」
「じゃあ誰なの?その声見間違えるはずない。ってかなんでそんなマスク被ってるの?」
「夜に老人マスクつけて徘徊してる奴なんかヘンタイに決まっとるやろ」
「やっぱりケサミだ!その「た行」の声の上がり方!」
「あ~やかましやかまし」

 興奮してケサミの元へ駆け寄り、腕を掴もうとするけれどめんどくさそうに振り払われる。最悪やとかブツブツ呟きながら歩き出したケサミの後をしつこく追いかけると、突然ケサミが歩みを止めた。

「・・・お前、俺の歌悪口書き込んでたんか」

 僕はハッとして目を見開いた。一瞬呼吸が止まった。そしてすぐに、頭を下げた。

「ごめんなさい。本当に・・・ごめんなさい」

 ぽん、と頭に温もりを感じた。大きくて暖かい手だった。

「死なれるよりましや」

 ゆっくり顔を上げてケサミを見つめると、ケサミは、今度は優しくて、それから少しだけ悲しそうな目をしていた。

「俺にそこまで干渉できる権利ないしな」
「でも・・・」
「お前に説教できるくらい人間できてもない。ただいっこだけ言えんのは明日からどうすんのかはお前が決めるゆうことや。俺が助けたのは今だけで、明日からのお前の人生まで保障できん。こんなことで人生劇的に変わらんで。あいつらやってただ気失わせただけやからすぐ目覚ましてピンピンなって、またお前のこと恨むかもしれん」
「・・・」
「逃げたって、助け求めたって、立ち向かったって、のらくら躱したってええからな。お前が決めつけとるだけで、案外道はたくさんあるかもしらんで」
「・・・わかった、ありがとう。本当にありがとう。僕やってみるよ、何が出来るのか分からないけど、てか何も出来ないけど、とにかく自分が悪口言われたからって悪口言い返すようなことはもうしない。ケサミに誓う!卑屈にならないで生きてみる!」

 僕の言葉を聴いたケサミは優しく微笑んだ。つられて僕も笑った。
 そして、すぐに消えてしまった。





***********************






「おい、お前昨日のこと誰かにチクったら殺すからな」

 ケサミの言う通り、世界は何も変わらなかった。
 相変わらず僕は嫌われ者で、相変わらず何も言い返せないけれど、とりあえず嫌な気持ちに負けず毎日学校に通おうと思い、今日もなんとか無事に終えることが出来た。
 手を出されるのではないかと危惧していたがそんな心配は無用だったようで、奴らは変わらず言葉による攻撃を続けるだけだったので安心した。これくらいなら、もうへっちゃらだった。

 
 僕だけが知っているケサミの秘密をネットに拡散することなんて絶対にしないよ。
 昨日の思い出だけで僕は生きていけるんだ。
 僕がもっと生まれ変わって、自分に胸を張れるような生き方が出来ればいいけれど。中々難しいかもしれない。
 それでもケサミなら、自分らしく生きればええんちゃうって言ってくれそうな気がする。

 「ね、ねえ・・・」

 とりあえず腐らずに生きてさえいれば、そのうち良いことがあるかもしれない・・・なんて、楽観的すぎるだろうか。

 「ちょっと聴こえたんだけど、今聞いているの、ひょっとしてケサミ?俺も好きなんだ・・・良かったら友達にならない?」




 ありがとう、ケサミ。


























「あの少年は大丈夫そうですよ、良かったですね」
「・・・そうか」
「しかし尊敬しますよ。自らの命を投げ打って名も知らぬ人々を助けることを選ぶとは」
「それしか出来んしな。これでええねん」
「本当に・・・人が変わったようだ。いや、本当に変わっている。僕はまだ信じられない思いです、こんなことが起きるなんて。まるで仙人のように達観している」
「そらなぁ・・・」









「三度目の人生やからな・・・」
















 続く



 










 

 

 


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